【要約】

私は高校時代に「勉強が面白くないから」という理由で一度中退をし酷い目に合いましたが、運よく気になったことが勉強に合致し、奇妙なことに講師になってしまいました。これは全くの運の賜物です。元々、私は「のらくら者」なのです。


 

【本文】

当ブログのタイトル「のらくらの」は私が考えたものではない。大学時代の友人がただちょっと気分的につぶやいた言葉なのだが、これが妙に自分の立場と合致している上、回文にもなっていたので気に入ってそのまま頂いたものである。
頂いてから既に1年が過ぎ、恐らく考えた本人も忘れているであろう言葉であるが、何故私がこれを気に入ったのかには理由がある。


少し私の身の上を話すと、私は高校を一度中退している。理由は単純で、勉強が全然、面白くないからであった。
他人から見て「まさか」と思われるような理由から高校を辞めた後の末路は、無論誰もが想像のつくような酷いもので、私は周りから蔑まされながら中卒のアルバイターとして働く以外他なかった。しかしそれでも私は勉強をするよりはマシだと思っていたし、先のことについては楽観視していた。何せ私は自分の好き勝手に行動できていたからだ。
この楽観視が終わったのは、ひとえにその当時の自分の能力では、思考と論理を表現できないことを悟ったからである。と偉そうなことを今なら言えるが、要は当時、ただ他人と社会の矛盾に腹が立つことが多くなったということだ。世界に遍く存在するであろう「若者の疑問」といえばその通りのことで、私は周囲の人間が自己の行動を原則化、論理化、言語化できていないことに薄々気が付いていた。(1)それはその当時、かすかな予感ともいえる程度のものであったが、私が自身を正当化する為の寄り木にはなっていたと思う。


そういう風にして私は様々なことに関して「大人」の連中に首を突っ込んだ。老人にハッパを掛けることもすれば、中年に盾突くこともし、スカした同年代と争うこともした。時には勝ったし、時には負けたが、概ね良い刺激にはなった。しかし何かが足らず、ただ結果的には無為なのであった。私の中には明らかに「まだ」言語化できない言い表せぬ疑問が残っていたのだ。そして私はそれを幾分かでも知らねば気が済まなかったのである。それで私はその言葉を得る為に一人図書館で本を読んでいた。周りに腹が立っていたのだからそうする他なかったのである。


結果的に現在講師業を行い、生徒に向かってやれ成績がどうだのやれ勉強しろだのと言っている日々である。これは自己批判、あるいは言動の時間延長線上での不一致さからすれば酷い有様で、そもそもが底辺の私が偉そうに講釈を垂れれるところではない。しかし生徒は「先生、先生は中学時代どうやって勉強していたの?」と聞いてくる。
私はとりも体を繕ったこともいう時はあるのだが、実際それは答えることができないのが本音のところだ。なぜならその当時私は宿題すらやってなかったのだから。(それどころか学校をサボってゲーセンにいっていたのだ)ただ私は本を読んで以降、大体の受験科目は3か月ほどで高校の範囲を一通り終わらせることができたのも事実である。
私はその時一切努力などしているつもりはなく、ただひたすら自分の疑問を表現する為の手段として、その延長線上での遊びとして参考書を解いていた。それが無自覚にも勉強やら努力と呼ばれるものをしていたらしいのだ。それで、私は過去の行動や努力に関しては不出来だが、勉強の方法ならば指導することができるのである。まことに妙なことだ。勉強には学校や塾の教師・講師の手助けをほとんど必要としなかった。その為、現在の私の行う指導は完全に経験から立証された手順となっており、世間に流布している浮ついた勉強方法よりは地面に足がついていると自負している。

このブログでは私の現在の仕事である教育と、加えて趣味の一部である社会学・哲学に関するメモを書置きしておくつもりである。これも遊びの内なのだから、当然私にはこざっぱりした思想や考え方、手法を流布し、権威やら名声やらを得よう、などという考えがない。恐らく私は高校時代から何ら変わっていないのである。ただ疑問を言語化し、その疑問を解き明かすという遊戯、その延長線上に様々な文章がある、そういう流れになるだろう。つまるところ、ここはのらくら者の文字置き場なのである。

 

 

 

【もうちょっと詳しく】


(1)「概ねの人間は自分の行う行動や、自己が信じる信念、あるいは従っている道徳様式などに対する論理的な根拠・あるいは確証を得てはいない」という経験的な法則が頭の中で出来上がっていたということである。例えば親や教師に「なぜ勉強するのか」といった類を尋ねる、非常に一般的な疑問を例にとるならば、私の周りにいる人間は「良い大学へ入るため」から始まり、そこに何故をふっかけていっても「よい会社に入るため」「よい給与をもらうため」「よい家庭を築くため」と、お決まりのパターンしか言わなかった。私がそこで問うていたのは、一体何ゆえに私達はこのようにして勉強を強要されなければならないのか、あるいは勉強を行う直接的な目的は何か?であったのだが、答えが間接的すぎたのである。彼らがいう目的とやらは、概ね強要の回答にはならず、手段の為の手段しか支持していない為、目的が異なるのであれば勉強は個人の自由によって裁量が可能なものであるのではないかと当然考えることになった。彼らの答えはあまりに型にはまり過ぎていたが、それは論理的な妥当性とは何ら関連がなかったのである。しかし私が「ならば、そんなものは望まない」といった時も、彼らは「そんなことは許されない!」と言うのである。そしてそれに関して何故?と聞けば、また「勉強しなければならないから」が返ってくる。(2) ここに至って私は例え教師やそれに準ずる者であっても真に理由を説明し得る人間は数少ないのではないかという推論を立てた。こういう疑念が湧けば、当然あらゆる大人達の意見にも懐疑が生まれるものである。(当然、現実的に考えれば個々によって勉学の実際的な目的が異なるのは事実である。しかし彼らの言う根拠はあまりに具体性に欠け、かつ抽象的・観念的なものでもなかった。つまるところこの答えは何ら役に立つものではなかったのである。)

これは明らかに循環論法(3)なのだと今になっては反駁できるのだが、当時の私はともかくこの落ち着きのない意見に狼狽するしかなかったのである。彼らは決して古今の著名な学者が述べる如くの、人間が人間たる所以や、歴史的な視点において比較的最近の出来事である人権の問題を説明しなかった。勿論これ以上に酷い非論理に尽きる支離滅裂な言動や、私が甘んじて受けなければならない蔑みはこれよりかなり多くあったが。(不運なことに、多くの教師は既にレールの敷かれた事柄をうまくこなせるだけで、人類のレールが敷かれた変遷や、各個人が必要とするレールを敷く方法を知っているわけではないらしい。)


(2)とはいえ日本は独特の倫理観・道徳感が備わっていて、これらの義務を全て忠などの戦前目立った事柄・思想に当てはめることも可能である。現代の日本で意識的に忠を行う人間はほとんど存在しないであろうが、2000年を超える歴史の中で培われた思想・文化がこの50年で跡形もなく消えるということは考えづらい。畢竟、日本人は無意識にも独自の倫理・道徳を基礎に置いているのではないかということ、これを考察してみるのも面白い事柄である。とはいえGHQが施行を行ってからの教育に関して言えば、この日本独自の基礎を根拠として扱うならば、それは根拠の取り間違いということになる。


(3)循環論法は掘り下げていけばどこにでも起こり得ることであり、全ての事象は論理的な帰納の果てにドグマに陥らなければならない、ということを私は支持する。人間の概念的理解は必ずドグマに陥る。しかしそのドグマは深淵なる虚無の果てにあるべきものであって、各々はそれを自らのうちに求めねばならない。なぜならば、外界から与えられる啓示の類は全て、論理的な総合や分析を行う手前で結論を先取りしたものだからで、それは真に自らの立場を立脚するものではないからである。だから私は宗教や価値観には一種の独特の意味や価値を置いている。しかし、あらゆる領域においてドグマは帰納の結果でなければならず、演繹の根拠として扱えるのは見出した彼自身を置いて他にないと考える。
結論が虚無であろうが一であろうが(ニヒリズムであろうが神であろうが)、それは自らの内から見出さなければならない。そしてその結論が結果的に何を手招こうが、論理的整合性がある場合は、私はそのような人物の意見を最大限に尊重する。宗教自体の集団には重きをおかないが、宗教者自身には敬意を持つ、あるいは世論はただの浮ついた事象であるが、言論を持つ者には敬意を持つ、といってもいいであろう。
最も、これが現代の社会学的な立場からは離れていることは念頭におかなければらない。こういう立場は論理が何たるかを知る手前のころから、言語化できぬ領域で私の精神が保持していた。無論それがアプリオリであるか否かは、私は客観的に知る術を持たないし、主観的には既に経験に関する記憶が薄れてしまっている可能性があるのだが。


(1)(2)(3)を俯瞰的に眺めれば、これらに関連する領域は(1)教育学 (2)社会学 (3)哲学となる。

(1)が本職であり、(2)と(3)を趣味の領域に置いている現在がこれらと関連しているのは、疑問から発展した事柄だからで、私にはこれらのことは至極当然のことに思える。