池上彰さんの「そうだったのか!現代史」を読みました。やはりリアルで起こったことを確認するということはインパクトのあることです。時間的に自分と近い人が死ぬわけですからね。現代史だと写真も映像もあります。古代ローマでうんたらとかいうのとはワケが違う。

恥ずかしい話なのですが、私はこれまで、資本主義の形態であるとか、あるいは社会主義の理念だとか、それから人権に関する根底的なこと、カントの三大批判書やら、プラトンの共和国(国家)やらは読んだこともあったんですが、こと現代史に関しては無知のままだったのです。

手順から考えるとちゃんちゃらおかしい話で、そもそも現代のことを知ってからその源流に至るハズなのですが、私の場合はソクラテスの弁明から入って20世紀に至る主要な哲学者の文献、それから社会学の文献を読み漁ってました。そうしなければいけなかった理由は考えが、やたらと帰納法を求める性格もあり、またニュースやら本やらで全然今の状態や、それが起こった理由が分からなかったからでもあります。ここはあえて、求めるものがあるのが、帰納的に考えた際の大きな謎である「人間とは、私とは何か」から出発せざるを得なかったのだ、とカッコイイことを言っておきます。実際はそんなこと全然なくて、単に現代に興味がなかったのですが。

高校生を教える講師である私がこんな体たらくでいいのか、とは思うものの、私も一つ愚痴がありまして。それはどうしてこんなにも日常で触れる事柄が、現代の事を知るきっかけになりづらいのかということであります。今のニュースは大体ウソっぱち、番組は芸人を使った広告で全く役に立たないのものが多いは見れば分かりますし、教育の場面でも右翼だの左翼だの、子供達に関係のないところで教師が争っていたりします。それで、そういう中で偏見的なニュースを見ても、現代史を読んでも、あるいは歴史観がどうのとか言ってブレブレな割に覚えるのが面倒な世界史を読んでも(私が「中国の歴史はせいぜい70年ぐらいじゃないんですか?」っていったら荒れるでしょう?)、周りのクソやかましい喧噪に比べて、あまりにも登場人物が淡泊なもんですから、まず覚える気にならないし、いざやっても全然頭に入らないし、入ったとしても内容が理解できなかったのです。

世界史Bの教科書を読んでいた時、私は「こんなもんじゃ全然分からん」と思いました。今でもそう思ってます。流れをつかむのはいいんですが、字面で出てくる偉人達は一行ぐらいでどこかに消えてしまうんです。ページ上ですら流れるのだから、頭なんかに入りません。天動説地動説の中のジョルダーノブルーノさんなんか、1ページもしない間に日本の高校生では理解しがたい意味不明な理由で火あぶりにされていますし、またナポレオンはドカンと出てきたと思ったら回転寿司みたいにセントヘレナとかいうよくわからん島に流れ着いてます。人物が何をしたのか、文字上では表記されてるんですが、全然感情移入できないし、事態がよく掴めんです。漫画に例えるなら、登場して3コマ目で死んだキャラを覚えろと言われるようなもんです。まだワンピースのクロ(極端に言うとハンターのモリタケ)がどういう考えをもってどういう結末を迎えたかの方が察知しやすいですし、覚えやすいです。

で、こと現代史においてはそれは余計に厄介です。そもそも世界史は、宗教とかいう変なもの(若い日本人にとってですよ)が、なんか殺し合いしつつ、凄い王様とかがでてきて、戦争をし始める話です。しかしWWⅡあたりから途端に○○主義とかいうのが出てくる。いわゆるイデオロギーというやつです。「なんですかその「しゅぎ」って。何か悪い考えだったのですか?」ときいても、教員ですらハッキリ答えない、とかいうのもありました。知ってても言うには中々センシティブな時な状況もあったでしょう。こういう状態で理解しろと言われても、わけのわからんぐらいにややこしくこんがらがった過去の遺物たちが、喚いてるだけにしか見えなかったのです。いくら重要だと言われても、重要である理由が分からん限り納得ができない。御託はいいから説明をしろと思ったものです。

まぁこれが大人の世界か、と思ったものですが、大人ですら茶を濁すあたり、恐らく大人になってもわかっていない人は多いんだろうな、と思っていました。ふと気が付くと自分もそういう人間になっていた。これが繰り返されると、現代史は一番細かく見なければいけない物事なのに、多数の要因が絡まりあう故に一番あやふやに終わってしまう可能性も高い。今北朝鮮問題が非常に緊迫していますが、現代史や思想をしらないと、「隣の国のヤベー奴」で終わってしまうのです。本当はそこから始まるべきであって、現実、隣の国に限った話ではないのですが。だのに、知りたいと思っても、あまりに周りの情報は分かりにくい。めちゃくちゃアバウトに書いてあるか、知ってることを前提にして書いてあるかの2つしかありません。

そういうわけで、この本はもはや27歳にもなったぐうたら者に関しても、非常にタメになる本なのでありました。意識的にせよ無意識的にせよ脚色はされていないのか、書いてあることは事実であるのか、という疑いの目は失礼ながらとりあえず持っておくとしても、何かを知るきっかけとしては良い本だと思います。まぁ、読んだら読んだで今度はえらい怖くなってきたところはあるんですけど。ソ連の箇所とか見てると、これじゃまるっきり『1984』じゃないかなんて思ったりもしました。その年号ですら私は生まれてない。ほんの30年ほど前の動画を見て、マルクスが赤旗とともに掲げられているのをみてビックリしたもんです。ひげもじゃは亡霊キャラだと思ってたもんですから。

まるでファンタジー世界のように隔絶された近い過去。生まれる前の事柄というのは、近くにあればあるほどややこしいのかもしれませんな。