塾で講師をしていると、「こんな勉強後々なんの訳に立つんだよ~」という風なグチをよく聞きます。普通、こういう事に関しては、「そんなことを言わずに勉強をしなさい!」というのが一番なのですが、私自身学生時代の頃に勉強に対して同意見だった為についついグチを聞いてしまいます。


何の為に勉強するのか、私はこの純粋な問いは非常に重要なものであると思います。一体なんの為に二次関数や古文を勉強するんでしょう?使うことも読むことも絶対ないと言い切れるぐらいの自信がある方が皆さんの中にもいらっしゃるのではないでしょうか?


実は、この答えは人によって様々で、答えは無数にあるのです。例えばスチュワーデスになった人なら「海外の人と英語で話す為に勉強した」というでしょうし、建築業の方なら「家を建てるのに数学が必要だから勉強した」というでしょう。ただ、こういう目標をしっかりと持って勉強をしていた人はごく稀だと思います。多くの大人の人は後あと、かなり間接的に役に立っていることがあるので、なかなか気づきずらいところもあるかもしれません。ありきたりな言葉である「良い大学に入る為」だとか、「良い会社に入る為」だとかいうのも聞き飽きていることでしょう。ああいう答えは、概ね皆さんがその解答を得るのに必要な自分がやりたいことをまだ見つけられていないからか、答えた人も勉強を何の為にするのか、大人になるまで見いだせなかったから出るものだと思います。要するに、勉強は様々なものに繋がるけど、その繋がりや役に立つ方法は人それぞれだということです。


肝心なのは、皆さんが勉強をする際、「何のため」の答えを他の人に求めないことです。もし貴方がプロ野球選手になりたいと思っているのに、「研究者になる為に勉強するんだ」と言われても全然納得できないでしょう? 勉強は何のためにするのか、人から決められるのも嫌でしょう。あれは皆さんが決めることなのです。


もしも「それなら勉強なんて必要ない!」というなら、それもいいでしょう。しかしたら貴方は何かの道の天才なのかもしれません。でも、それは準備もなしに雪山に入るようなもので、後々非常に危険なのです。もしそこに突入するというなら、相当の自信や実力を持っているのか、無謀かの二つに一つです。決して勇敢という言葉は送られないでしょう。


勉強を一応なりに済ませた私の経験から言わせて貰うと、勉強をしていなかった大人の人は往々に後々何をやるにしても苦労しています。何故なのか?恐らく子供の時に、何かを学ぶコツのようなものを掴めなかったからだと思います。だから、そういう人たちは何をするにも「何かをしたいけど、まず何から始めればいいんだろう・・・」という段階で足踏みしてしまい、中々先に進めません。「大人の人は皆立派で、自分たちより頭が良い」と思っているなら、申し訳ありません、私たち大人は、一つのことだけが得意で、他のことは皆さんよりも学びが遅いのです。それに、一つのことが得意なのは、別に能力があったとかではなく、ただ続けている時間によってそうなっただけです。歳が重なると自然とそうなってしまうようですが、要は、学び方が分からない状態で大人になると、たとえやりたいことを見つけたとしてもやるべきことが全く見つけられなくなったり、学びが遅くなったりする可能性が高いようです。


これでは何の為に勉強をするのかという問いに対して何ら解答をしていないのと同じと思われるかもしれません。ですのでここで一つ、皆さん共通する答えを一つ述べておきます。それは、「色々なことを楽しむ為」です。ゲームでもいいですし、楽器でも、プログラムでもいいのですが、物事を何かするには覚えなければならないことがたくさんあります。勉強は「覚える」ということの訓練、「覚える方法」を自分で見出す練習だと思ってください。もしかしたら数学は全く貴方の人生に役に立たないかもしれません。でも、数学を覚える為に使った方法は別の事柄に応用できるときがくるでしょう。そういう応用力は、あるのとないのとでは大人になってから様々な領域で大きな結果の差異を生じさせる原因となるのです。例えば皆さんが新しいゲームで遊びたいとしましょう。その時、ルールが中々覚えられなかったりするのだとすれば、果たしてゲームを楽しめるでしょうか?


人生の目標が決まっていて、それの為に何かを集中して頑張りたい方がいらっしゃるなら、私はそういう方を応援します。色々な科目が邪魔に思えることもあるかもしれません。私としては、できる限りやりたいことに集中をして、打ち込む方がよい結果になると思います。ただ、中途半端にやることだけはやめておきましょう。何でもそうですが、多くの人がやることをやらないことにはリターンとともにそれ相応のリスクが必ず生じます。もしも勉強をせず、別の何かの道に進むなら、貴方は必ずその道のプロフェッショナルにならなければいけません。それをするつもりがない、もしくは自信がないのなら、勉強をしないと決めたのは単なる逃げだと思います。打ち込むことに迷いが生じたり、まだ何をしたらいいのか分からない状態ならば、みんながやっている勉強を再度進めてみてください。きっと何か、勉強や自分の身の回りで起こることが、何かの役に立つ時が来ると思います。


勿論、学問的には勉強を何の為にするのかは大体答えが出ています。簡単に言うと、勉強をする理由は2つに分かれています。一つは皆さんの持つ目標と同じようなもので、まだ解明していない謎を解き明かし、人々の暮らしをより豊かにする為です。「人々の生活の為」なので、ちょっと皆さんより枠が広いかもしれませんね。少し変わったところでは、特別に好奇心が強い人がいて、そういう人はただ謎を解き明かす為だけに勉強(研究)に明け暮れたりもします。研究者の中の一部の方には社会の発展にそれほど興味のない方もいらっしゃると思います。ただ、研究はもれなく人々の役に立ったりするのです。これはいい偶然ですね。

もう一つは人間の尊厳の為です。我々人間は学習する動物です。物を持つとか、投げるとか、泳ぐという行動は私たち人間以外の動物もこなすことができます。更に言うと、飛ぶなんてことは私たちにはできませんし、超音波を察知する、なんてことも私たちにはできません。動物は私たちを遥かに凌駕する能力を持っている場合もあるのです。ただ一つ、学習と言語だけは人間が胸を張って「素晴らしい」能力だと胸を張って言えるものなのです。・・・「だからどうした」って?まぁ、こういう事柄は全く気にならない人は大人になっても気になりませんし、それが悪いことだとも言いませんが、ある時ふと気になる時が来るかもしれませんね。

折角の機会ですので、皆さんにも殆ど同じ質問を返してみましょう。「なぜ社会は、税金を使ってまで子供たちに無償で勉強ができる環境を提供するのでしょうか?」気が向いたら考えてみてください。きっと何か発見があると思います。


最後に、皆さんの人生はこれから50年、60年と、まだまだ先が長いです。ですので是非とも生き急がないようにしてください。皆さんはまだそこまで決断に迫られている状況ではありません。もしも決断に迫られていると感じるなら、それは往々勘違いだと思います。ホントに?はい。きっと勘違いです。

様々な未来がある皆さんには、色々な道を散歩しながら、是非その「何の為」を発見して頂ければと思います。私たちは、その手伝いなら喜んで力を貸します。